Chat GPT(有料版)を解約して思う菜食主義とDon't be evil
1年弱有料課金して使い続けたChat GPT Plus(月3000円ほど)を解約した。グッバイチャッピー👋
解約のことを考えていたら、影響を受けやすい自分の話になりました。
わざわざChat GPTを有料契約していた理由
有料で使おうと決めたのは、業務用のメリットを期待してだった。
手で打ち込んだ文字情報を加工して、一定のコードとしてまとめるデータ処理はAIに任せれば楽になるのでは?と。
手打ちの部分はやはり時間がかかるし、欲しいアウトプットは量も多めだったので手間がかかっていた。
細かな事業の相談や、メールの返事作成にも使っていた。
経営判断については「XXXさんだったらこのアイデアについてなんていう?」「このアイデアが失敗する理由を教えて」など、なるべく自分の視野から漏れがちな観点を洗い出してもらったり、8割がしがちなミスを防ぐために壁打ちしていた。
AI界隈、というかサム・アルトマンがYコンビネータ(米国シリコンバレーのスタートアップ支援/投資会社)で代表していたことは知っていて、またシリコンバレー文化 か......と正直気は進まなかった。
とあるインタビューで「AIが極限まで進化した先で、人類ができることは"自分を知ること"だけ」と言っていて、そこだけは共感できたので、ものは試しと思って課金した。
しばらく使ってみると、データ処理の時間と認知負担はだいぶ下がって楽にはなった。
実際役に立っていた感覚はあったのだが、データの出力結果の中におせっかいが増えてきた。
余計な文字を足したり消したり、どれだけ指示文を変えても形を変えて不要な要素が発生するので、修正する手間や頻度が増えて面倒になってきていた。
他にも、食事メニューや栄養のことを相談したり、google検索代わりに使ったりしていたが、モデル5.0以降は、どんなやりとりでもこちらにすり寄ってくる性格が強くなっていき、短文箇条書きが増えて読みづらくなってきた。
使いづらさを感じてから、AIの提供会社を変えるか?それとも解約するか?徐々に考え始めた。
ペンタゴンとAI
そこにきて米国・イスラエルがイラクに対して戦争を仕掛け始めた。
このニュースに対して、思ったより自分自身がショックだったようで、イラク戦争に関する情報を追いかける日々が続いた。
「なぜこんな言動を続ける人が国の代表であり続けられるのか?」「現代の戦争はどこまで来たのか?」などが悶々と気になっていた。
そんな折Open AIが、Claudを提供するAnthropicに代わり米国の国防総省と契約したという記事を見たのが、解約の後押しになったと思う。
正直、強大なテクノロジーが持つ影響や責任、その規模の大きさを、自分は脇においていたことを痛感した。
デジタルテクノロジーは政治でも悪用され、SNSは精神を蝕み、個人情報も差し出して金にしてもらう。そんな世の中にだいぶ慣れてしまった。
データーセンターがらみの環境問題については意識していたし、サービスを使う前はいつも気にしてはいたはずなのに。
気の緩みに対する悔しさみたいなものもあり、実際にどうやって仕事への影響を小さくしてChat GPTを解約するか具体策を模索し始めた。
菜食主義の頃
AIの軍事利用を意識したとき、Chat GPTを使う際の罪悪感も徐々に浮き彫りになってきた一方、頭では物事とはそう白黒わかりやすくできてはおらず、何事も多層構造であることもわかっていた。
判断がつかないまま、ある日子どもの弁当を作りながら思い出したのが菜食主義のこと。
私は学生の頃、ヴィーガン(完全菜食主義)だった。4年ほどだけ。
「私が食べていくために動物を痛めつける必要も、環境負荷を高める必要もない」「体に良いものを食べていきたい」という大まかな理由でやっていた。(あと憧れのミュージシャンたちがこぞって菜食主義者だった)
個別の理由は自分にとって確固たる信念だったわけでもなく、「自分でもできそう」というのが大きかったかも。自発的な菜食主義は、自分で範囲を決められるし、自分でいつでも辞められる。肉卵はNGだが、週末は魚はOKなど。
しかしながらその前提はネットで仕入れた情報(The Meatrixとかご存知でしょうか?今もちゃんとRessurectionsしてます)だけで、いわゆる"ネットde真実"を信じてヒッピーマインドに囚われた痛い少年だった。
会う人会う人には「宗教に入っているのか?」「正義感強すぎないか?」とか言われたが、無知厚顔であまり気にしていなかったし、動物性食品を取れないデメリットは感じていなかった。
むしろ倫理観が高まってより良い自分になれて、更に健康にも良くてラッキーと思うぐらいに傲慢だった。
家族や友人には迷惑をかけたが、特に高校の友人達は自分に合わせてくれて、ファミレスでサラダバーだけ食べることもしてくれて、本当に感謝しかない。
身体は軽くなって、自炊スキルやなんとなくの栄養知識が得られたのはヴィーガンのおかげとも思っている。
しかし4年経って「もっと美味しいものを食べたい」という、これまたしょうもない理由で辞めた。
自分に合ったサービスと食べ物
枯淡苑をオープンするくらいまで、大手IT企業を巨悪として捉えがちだった。(特に自分の情報を売られる広告ターゲティングのビジネスモデルが嫌いでした)
現実的に考えたら、食べていくのに本当に必要なテクノロジー、好きだから使うテクノロジー、ネガティブ影響を嫌って使わないテクノロジーもある。
インターネット上で利用するサービスとの付き合い方も、自分の身体や倫理観、思想に合った食べ物を選ぶことと似ている。
わたしたちは製品そのものの品質、トレーサビリティ、企業理念などなど、様々な要素を自分の状況と照らし合わせて利用している。
肉は環境負荷が高いから食べない、バターは美味しいから食べる、動物が痛い思いをするのが嫌だから肉と魚は食べない、タンパク質が沢山欲しいから肉だけは食べる......でははちみつはどうか?出汁はどうか?
Googleは業務で必須だから使う、でも検索はDuckDuckGOで、Facebook/Instagramはケンブリッジ・アナリティカの件があったから使わない......ではスマホはどのOSか?ブラウザの拡張機能は?
100%善でありたいと思ったとき、一般市民には無理のある問いが生じてくる。
食べ物を買うときに成分表や生産者や生産地の情報は見ているか?サービスを利用するときに同意規約は読んでいるか?理想的な状態を維持するのに支払う高いコストを捻出し続けられるか?などだ。
資本家でもない消費者には直接企業のやり方に大きく影響させることは難しい。炎上狙いの告発やハッシュタグ・アクティビズムはよしんばうまくいってもネガティブ要素も残る。
「Open AIは戦争に加担するから悪だ。止めよう!」はわかる。ただしその動きに気持ちが追いつくときと追いつかない時がある。2010年代以降は特にそういう話はあらゆる方面(今だと日本が武器を売るとか、銀行員のSNS不適切投稿とか)で溢れていて、私の怒りや悲しみはたいてい追いつかなかった。
製品にせよ、食べ物にせよ、信条にせよ、何かを選ぶときは、許せること、すべきこと、したいこと、できることのバランスを加味して、その時々にその人なりの「まずはここから」という解を出すのが精一杯という人もそれなりに多いのではないかと思う。少なくとも自分の頭で考え、気持ちが追いつくなら、そういう"自分を知ること"ができただけでも十分大きな第一歩ではないか。
「○○○が悪だからやらない」というのは窮屈な部分もある。しかし自分がしていることで罪悪感や嫌悪感を抱くなら、それは止めてみたり変えてみたりする検討の余地ありだ。
有料契約の解約後
ただの1サービスを止めるためだけに色々考え込んでしまったが、菜食主義のことは、善悪の境界線の引き方は人それぞれで、時が経てば人は価値観が変わるという至極当然なことを思い出させてくれた。
自分の中で、グローバルな影響を及ぼす巨大なスケールで展開される「ITサービスと食べ物」を選ぶことがずっとこんがらがっていたので、少し紐解けたことで少し身軽になった。
移行手順についてあれこれChat GPTとやりとりしていたときに、「今お願いしている作業は他のサービスやツールでも代替できますか?」と聞いたときに、Apps Script(Googleスプレッドシートで使えるアプリ)の方が早く正確にできることがわかった。
どうしてそうなるのかChat GPTに聞くと、「今あなたがお願いしている作業は定型的な処理なので、他のプログラミング言語に処理を任せた方が正確です。AIはコードを文章として処理・推測するので出力結果がブレることがあります。あとあなたの求める出力量が長すぎます」とのこと。(LLMってそういうことよね)
少し嫌味を言われた気もしたが、どうやったらApps Scriptに移行できるかを聞いたらすぐにやり方と使えるコードを出してくれた。
こちらはほとんどコピペだけしていたら1時間もかからず移行が完了。しかもApps Scriptなら出力完了まで一瞬で正確かつ無料の範囲で実現できる。
別でChat GPTにお願いしていた作業も、非AIのサービス(有料課金)の方が格段に捗った。
最初からAIを使わずに無料で簡単に早くできる方法を聞いておけばよかったと、少し虚しさもあった。
とはいえ、AIに作業を依頼するために業務の基準や作業内容を細かく定義できたので他のツールに瞬時に移すことができたという事実も否めない。
今は、一部の処理だけはAIの力を借りたいので、Claude無料版に一つだけお願いして業務を進めている。。
メールなどの文章作成は、先日の読書感想文でも少し言及していたが、自分で書くことにした。
社員などだと定型的な事務業務も多いと思うので、Claude Codeもずいぶん使いやすそうだが、一人でやる古本業だと物理作業が多いので、もうちょっと様子見でも良いかなと思っている次第。
AIに対する今のわたしの気持ちは「新しくてわくわく楽しい」から、「本当にちゃんと仕事に役立つ?」へと冷静になって、今は自分で考えたり書いたりすることが楽しく、尊い時間の使い方と思い始めている。
そしてつい最近、魚卵牛乳OKな菜食主義を試し始めた。(ヴィーガンじゃないよ)
※この投稿はAIを使っていません。店主がキーボードを叩いて書きました。